メイクやスキンケアの企画では、これまであまり触れられることがなかった“傷痕”という存在。化粧品の技術も美の価値観も進化を続ける今の時代における、傷痕との新たな共存の仕方とは? UNELL(ユネル)の開発担当も務める田所直樹さんにお話を伺いました。

キレイになるのは誰のため?
傷痕を気にせず生きて行けるメイク

UNELL(ユネル)
田所直樹さん
学生時代より再生医療分野の研究に従事し、2020年にポーラに入社。技術研究に携わる傍ら、新規事業の立ち上げに着手。ユネルの事業責任者として開発も担当している。
傷痕を隠す製品の登場に涙を流して喜ぶ人も
顔に傷痕が残る理由は多岐に渡り、怪我や火傷のほか、美容医療の施術や自己流のニキビケアなどが原因になることも。今年3月にポーラ・オルビスHDから誕生した「UNELL(ユネル)」は、顔に生じた傷痕のカバーを目的としたブランド。
その創設者である田所直樹さん自身も事故で顔に傷痕を負った当事者であり、同じ悩みを持つ人たちを救いたいという思いから事業を立ち上げたのだという。
「開発にあたりのべ3000人に調査したところ、顔の傷痕で気持ちが沈んだ経験があると回答した人が3割近くいたんです。私自身も就職活動時に『営業の仕事は任せられない』と言われた経験がありますが、人前に出ることをためらう方も多く、中には『自分は“傷もの”だから価値がない』と自らを責めてしまう人も。
それなのに、傷痕のカバーにまつわる情報や製品は極端に少ないのが現状で。特にコンシーラーなどでカバーできない凹みに関してはほとんどの方が諦めていたことがわかり、まずはその悩みを解消する化粧品を制作することにしたのです」
実際に開発を始めると、従来とは異なり試作段階から大きな反響が。
「『一生隠せないものだと思っていたから、こういう製品が作られること自体が嬉しい』と涙を流される方もいて……。発売後も幅広い層から反応を頂き、傷痕の悩みに年齢や性別は関係ないのだと再確認しました」
ブランドの存在意義を実感する一方で、「決して、傷自体を否定しているわけではないんです」と語る。
「傷の捉え方は人によって違い、時と場面でも変わるもの。私自身でいうと傷痕は過去を乗り越えた証しだと思っていますが、初対面の人に会う時は少し気にかかることも。その時にただ諦めるのではなく、隠すという選択肢があると安心できると思うんです。
もし顔の傷が原因で夢を諦めた人や行動を狭めている人がいるのなら、傷痕を気にせずに日常を過ごせる方法もあると知ってほしい。
精神的な制約から解放されて自由になることで、その人が本来持つ人生の可能性が拓かれる。それこそが私たちの目指す姿だと思っています」
“ありのまま”とは自分が思う美しさを追求すること
外見に対する考え方が広がりを見せる今、ありのままの自分を受け入れることと、より良い自分になろうとすることは相反する価値観ではないと田所さんは考えている。
「どちらの考え方も美しいですし、日によって変わっていいと思うんです。むしろ、変わる方が自然かもしれません。というのも、私が考える“ありのまま”とは、誰かの基準に合わせるのではなく、自分がありたい美しさを追求すること。
『傷は私のアイデンティティです』と語れる人はとても魅力的ですが、その人が『今日は傷痕をカバーしてみよう』と自身の理想とする姿に近づけることも前向きで素敵ですよね。そういった時にそれぞれの状態や希望に寄り添い、使う人の気持ちを軽やかにすることも化粧品の役割のひとつ。
メイクには、外見だけでなくその内側にある心すらも変える力がある。私は本気でそう信じているんです」

隠すという選択肢があることで自由になれる
age 10
小学4年生の時、交通事故で顔に大きな傷を負う
10歳の時に交通事故に遭い、99.9%助からないと医師が宣告するほど重篤な状態に。奇跡的に一命をとりとめたが、退院後も顔に鉄板を埋め込み包帯姿で過ごす日々が続いた。「傷痕は残りましたが、先生や友人たちは以前と変わらずに接してくれました」
age 18
大学では細胞物理学を専攻、再生医療分野の研究に従事
「僕の命は、人に救われたもの。だからこそ自分も人を救うために生きようと思い、医療研究の道に進むことを選びました」。大学時代の専攻は細胞物理学。再生医療に対する強い想いから、心臓が動くメカニズムを細胞と機械の観点で分析する研究に取り組んだ。
age 29
組織再生の技術を活用したユニットによる作品が大阪・関西万博に出展
ポーラ入社後も、プライベートの時間を利用して再生医療や培養肉の研究を継続。クリエイティブユニット「LOM BABY」の一員としてバイオアートの制作にも携わり、2025年の大阪・関西万博では再生医療素材やDNA合成技術を駆使した『龍肉』などの作品を展示して話題に。
age 30
傷痕の知見をもとにユネルの事業化を推進
自身の経験や研究を活かし、傷痕ケアに特化したブランド「ユネル」を創設。その第一弾として、傷痕の凹みを整える補整下地を誕生させた。「凹み以外の悩みに対応する製品や、傷痕のケア方法の発信も計画中。ユネルを通して、多様な悩みを解消する土壌を作っていけたらと思っています」

メイクには外見と共に心をも変える力がある
UNELL(ユネル)フィリング アンドスムージングプライマー

15g ¥3300/ユネル
凹みに生じる影をぼかしてフラットでなめらかな肌に
傷痕の凹みをカバーしつつ、光を多方向に拡散させて凹みに生じる影も打ち消すプライマー。レチノールを配合し、補整しながらなめらかな肌に整える。
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MAQUIA 2026年8月号
撮影/酒井貴生〈aosora〉 取材・文/真島絵麻里 構成/山下弓子(MAQUIA)
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