伊藤聡 

こんなに声を出して笑った美容本は初めてだった。

この本も、世の中に数多ある「美容本」のジャンルにおそらく入るはずだが、やや異色だ。『電車の窓に映った自分が死んだ父に見えた日、スキンケアはじめました。』(以下『電父』と略)の著者は、40数年間美容とはまるで無縁の生活を送ってきた中年男性。ある日、通勤電車の窓に映る自分の顔を見て、20年前に亡くなった父親と見間違えたことからストーリーは始まる。「あっ、お父さん…、」映画『シックス・センス』のオスメント君ばりに死んだ人が見えるようになってしまったのかと一瞬動揺するも、「これは加齢と日頃の不摂生のせいによる容貌の変化」だと悟った著者は、その日を境にスキンケアによって理想の容姿を取り戻すことを決意する。

「男がスキンケアなんて恥ずかしい」。そう思っていたアラフィフ会社員が、あれよあれよと美容沼にハマっていき……⁉︎ 男性美容とセルフケアをめぐる、笑いと感動の体験記。伊藤聡 著 1980円/平凡社

「男がスキンケアなんて恥ずかしい」。そう思っていたアラフィフ会社員が、あれよあれよと美容沼にハマっていき……⁉︎ 男性美容とセルフケアをめぐる、笑いと感動の体験記。伊藤聡 著 1980円/平凡社

全く美容に関心のなかった人が、どんどん美容の楽しさと奥深さにのめり込んでいく様がユーモラスに描かれており、時に笑いながら、時に深く頷きながら、気づけばあっという間に読み終えてしまった。何より、全編とてつもない美容愛に満ち溢れていることに感動した。そして、著者の伊藤聡さんにモーレツにお会いしてみたくなった。取材日にスーツ姿で現れた長身の伊藤さんは、どこかの企業の上層部の方?然とした落ち着いた風貌。砕けた美容の話なんてしていいのかしら? そんな不安は一瞬でかき消された。

伊藤聡

席につくなり、「先月のマキアの睡眠特集、あれはすごくタメになりましたよ」と目を輝かせる伊藤さん。


「眠れなくて辛いと思っている人がこんなにいることにも気づきませんでした。アレルギーとか、生理とか、皆が悩んでいることを知っているのと知らないとでは周囲に対する接し方も変わってくると思うんです。会社って「いつでも働けます」競争みたいなところがある。弱音吐かずに、常に準備OKであることが社会人として立派だ、みたいな価値観で生きていると、調子が悪い人に寛容でなくなって「たるんでる」「自己管理がなってない」みたいな話になりがちでギスギスしてくる。そういう時に美容誌を読むと「いや、体調やメンタル、人それぞれ事情はあるよね」とわかるわけです」。


伊藤さんは毎月7冊の美容雑誌を読み込んでいる。
「去年の1月にTBSラジオ『アフター6ジャンクション』に出演させて頂いてスキンケアの話をしたのをきっかけに本のお話を頂いてから、参考書みたいな感じで読み始めました。最初は、書いてあることの半分もわからない状態でしたが、気づいたら、ただの“美容雑誌が大好きな人”になってました」。


くたびれて潤いに欠ける肌、目の周りに目立つシワ。自分を労っていない人特有の「もうなるようになれ」という自暴自棄な容貌を変えるべく、ドラッグストアのスキンケアコーナーに初陣し、お手入れステップを学び、美容成分の知識を蓄え、デパコスのB.Aさんや美容好きさんとの情報交換に勤しみ、紆余曲折の末「趣味=美容」と言えるまでに成長した詳細は、ぜひ『電父』を読んでもらいたいのだが、美容好きになる要素は伊藤さんの中にそもそもあったようだ。





伊藤聡

「私にとって、美容雑誌を読む楽しさって、コスメのボトルの美しい写真やキラキラした世界を眺めることなんですね。こういう華やかなものがある人生ってすごくいいな、羨ましいと思いました。これまでの人生で、綺麗だなと思うものを自分から買うことはなかった。一方で昔から、ふとした瞬間に女性がハンドクリームを塗ったりしているのを見ると、自分を慈しむためのものを常に持ち歩いていることに憧れを持っていたんです。でも「男が興味を持つのはおかしいでしょ」とか「女性のものでしょ」とか自分でブレーキをかけていた。それがスキンケアをすることによって大好きなことがわかり、美容雑誌を読むことで決定的になった。自分の気持ちにずっと蓋をしていたけれど、「出ちゃったー!」って感じです(笑)
ジェンダーニュートラルや多様性が叫ばれ、男性に向けての美容の門戸も開かれた感はあるが、伊藤さん曰く「基本的に放っておく」がデフォルトな中年男性の美容へのハードルはまだまだ高いようだ。


「私が好きなお笑いトリオ「四千頭身」の都築君なんかは、私服で普通にスカートを穿いていて「めちゃくちゃいいじゃん!」って思うし、20代の子たちは「人目を気にせず自由に生きてくれ〜!」って思いますね。こと美容に関しては、私たちの世代が下の世代に「スキンケアなんてしてんの?」と圧をかけているのかもしれませんね。中年男性に美容の楽しさをわかってもらえたらいいなと思います」。

「サウンドをメイクするのは、顔をメイクするのと同じ」

『電父』の中でも秀逸だったのが、スキンケア製品とギターのエフェクターの類似性に関する一節だ。星の数ほどあるスキンケア製品、何をどう選んだらいいのか、どう組み合わせたらいいのかわからない!と途方にくれた伊藤さん、「このわかりづらさは、ギターのエフェクターを買うのと一緒」だと思い当たる。保湿重視か、皮脂対策か、敏感肌向けか。それはそのまま、どんな理想の音を作りたいかに合わせたエフェクター選びと一緒だという結論。(奇しくも、どちらもステップの最初に登場するのは「ブースター」である!)


靴や時計にこだわりがちな男性にも、美容を身近に感じてもらえる絶妙な比喩だと感じた。


「たとえば超レアなスニーカーを手に入れたら、履き終わったらちゃんと汚れを拭いて手入れするわけですよ。その気持ちがあるんだったら、顔も拭こうよ、って(笑)。「このスニーカー、すごく珍しくて絶対手に入らないやつなんだよ」って言うけど「あなたの肌だって、超レアですから」って」。


電車の窓に映った自分が死んだ父に見えた日、スキンケアはじめました。

そんな伊藤さんの最近のお気に入りコスメを見せてほしいとリクエストしていたところ、おもむろにバッグから取り出されたのは……、ナイキのスニーカーの箱???


「昔、ギャルが携帯電話をデコってたじゃないですか。デコることで自分のものになるという。じゃあ、どうやったらスキンケアアイテムが自分のものになるんだ?と考えた時に「ナイキの箱からスキンケアが出てくる」というのが私にとっての「らしさ」になると思いました。ナイキも好き。スキンケアも好き。これが私にとってのスキンケア愛を表現する方法だったんです」。


そんなオリジナルコスメボックスに入った、お気に入り厳選コスメがこちら!

発表! 伊藤さんが溺愛する最新ベストコスメ

  • ソフィーナiP ベースケアセラム土台美容液 ソフィーナiPポアクリアリングジェルウオッシュ
  • IHADA薬用しっとり乳液 カルテHD高保湿ローション
  • トゥベール スキンケア
  • ランコムクラリフィックデュアルエッセンスローション スック ヴィアルム ザ スムージングクリーム

(左上)「ラジオに出演したとき、宇垣美里さんがご自分の携帯で写真を検索して見せてくれて「これ、すごくいいですよ」と熱量高く薦めたのがソフィーナiP ベースケアセラム 土台美容液。ブースターの威力に開眼した一品。ソフィーナiP ポア クリアリング ジェル ウォッシュは、気になる毛穴用。週2回使用なのですが、もっと使いたい!(右上)「男性の場合、髭剃り後のヒリヒリには化粧水より乳液の方が痛みが緩和される。顔テカも乳液をつけると収まります。IHADA 薬用しっとり乳液は、自分で使うだけではなく、美容に無頓着すぎる弟の住所へ送りつけて「使ってくれ!」とお願いしたほど愛用。カルテHD 高保湿ローションもマキアの付録のサンプルを使っていいなと思って買いました」(左下)「美容好きな方にオススメされたトゥベールは、値段はそんなに高くないけれど質がいいと思います。さらっとしてるけど、つけるとしっとりするところも好き。美容液 レチノショット0.1で気になる部分をケア」(右下)デパコス化粧水を使ってみたい!と思って買ったランコム クラリフィック デュアル エッセンスローションもすごく良かった!ボトルの美しさや、振ると細かな気泡が立つ感じとかも……全部いい! 同じくSUQQU ヴィアルム ザ スムージングクリームも、ここぞという時に使う高級化粧品。早く帰宅してたっぷりスキンケアに時間がかけられる時に重ねに重ねて、翌朝「やっぱりすごい!」ってなるのが楽しみ」

  • THREE バランシングSQオイル SHIGETA ボディマインドスピリット
  • 資生堂SIDEKICK スキンケア

(左)「香りがいいものは、それだけで惹かれてしまいます。化粧水の後につけるTHREE バランシング SQ オイルや、周りの人には気づかれなくても自分だけがフワッと良い香りに包まれるSHIGETA ボディー・マインド・スピリットなど、精油の香りが好み」(右)「資生堂がアジア限定で展開している男性用スキンケアラインのSIDEKICKは、デザインも可愛いし、香りもいいし、とろみのある化粧水も好き。メンズコスメの容器って、とりあえず黒くして線をギュインと入れとけ、みたいなのが多いけど、モノとして可愛くないと持っていて嬉しくないです」

美容をすると、世の中の解像度が上がる

最後に、伊藤さんにとっての「美容」とは?


「これまで、ただの同僚の○○さんとしか認識していなかったのに、「今日はすごく素敵なメイクしてるな」とか、「今日は体調が辛そうだな」とか。美容をやっていると今まで見えなかったものが見えてくる。世の中の解像度がグンと上がる。私自身、美容をしないと見えなかったもの、わからなかったことがあまりに多すぎて、変化のきっかけがたくさんありました。容姿の変化は実はそこまで重要じゃない。内面が変化すること、気づかなかったものに気づかせてくれるのが美容でした


美容の力で私も周りもHAPPYに。マキアが目指す美容も同じです。


「おじさんって近寄りがたい存在でしょ。課長とか部長とか肩書きがつくと「あの人を不機嫌にさせないようにしよう」と周りが勝手に忖度し出すけれど、望んでそんな人になりたくないし、世の中の良からぬことが起きる時って大体おじさんが不機嫌な時なんですよ(笑)。年齢とか威圧感とか、どんどん厚くなる鎧を軽くしてくれるのが美容だと思うんです。美容で自分の機嫌が取れるようになる。会社の喫煙所にもぜひマキアを置いて、おじさんたちも「やっぱり毛穴だな。おい伊藤、どうやったら毛穴って消えるんだ?」「オススメはビタミンCですね」なんて会話ができれば、世の中はもっと良くなるんじゃないかな」



撮影/藤澤由加 取材・文/伊藤かおり〈MAQUIA〉

伊藤聡

会社員兼ライター

伊藤聡

1971年福島県生まれ。映画や海外文学を主な題材にさまざまなメディアで執筆。雑誌『Pen』でスキンケアと美容をテーマにした『グルーミング研究所』を連載中。今年2月に初の美容エッセイ『電車の窓に映った自分が死んだ父に見えた日、スキンケアはじめました。』(平凡社)を上梓。noteでは、書評、映画評の他、美容にまつわる話も。

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