秋元康

「「こういう顔が美しい」という象徴みたいなものに向かってひとつに包括されていた客観的な美しさを求める時代から、今は、より主体的な美しさを求める時代になっているんじゃないかなと思います。この20年間、マキアさんも美容に関するさまざまな方法論や、体験談を研究されてきたと思うのですが、そんな「MAQUIA」が100通りの読み方、100通りの美しさを提案できる時代にきたんじゃないかと思います」
2023年9月から創刊20周年イヤーに突入したマキアに対して、開口一番、カウンターブローのような提言から始まった秋元さんのインタビュー。美容は、限りなくパーソナルなものでありながら、対外的なコミュニケーションツールの側面ももつ。だからこそ、自分と美容との距離感を見失ってしまうことも多い。世の中のあらゆる事象を俯瞰で洞察する秋元さんの目には、現代の美容がどのように映っているのか。そして美しさの価値観はどこへ向かっていくのか。8月某日。多忙を極める秋元氏に、30分1本勝負のインタビューを敢行した。

他人の目とは、すなわちショーウィンドーである

自己肯定感というワードが定着し「私らしさ」を求められるほどに、自分自身にどんどん自信がなくなるというバッドスパイラルから、どのように抜け出せばいいのでしょうか?


「すべてに通じますが、“自信”がこれからのテーマだと思います。他人の目とは結局のところ鏡、ショーウィンドーなんです。その前に立ち止まって、今日の髪型はどうかな、とかスカーフの巻き方はどうだろう、とかちょっとウエストが太ったな、とか思いますね。でもそれは、自分の評価であって鏡代わりにしたショーウィンドーが声を大にして言うわけではないんです。みんな、物言わぬ鏡やショーウィンドーに対して気にしすぎなんだと思います。


完璧な人なんていないし、世界一美しいと言われている人でもたぶん他人の鏡を通せば、「あそこは、ここは、」となるわけです。一番大事なのは、自分はこうであるというブレない背骨のようなもの。柳があれほど優雅に見えるのも、根本がしっかりしていて、風に吹かれてあるときはこっち、またあるときはこっちとなるかもしれないけれどブレないですよね。


人間は99人が嫌だと思っていても、たった一人の自分がいいと思っていればそれが一番幸せなんです。そうじゃないと、つねにショーウィンドーを気にして、あっちから見ればこうだ、こっちから見ればああだ、こうだ、ってなっちゃうんじゃないかな。これからの20年は、主観的な美しさがより大切になる。「私は、これが美しいと思う」というそれぞれの主張があって、そうなると人は人を否定しなくなるでしょう。100人いれば100人のライフスタイルがあり、メイクの仕方があり、ファッションがあるということになっていくんじゃないかな」

秋元康インタビュー

属性に縛られない方がかっこいい

美容はもとより、世の中にはさまざまなパーソナライズ診断で溢れ、情報に振り回されすぎて疲れ気味という声も聞きます。


「診断やパターン分けを頼るのは、その方が楽だからだと思います。カテゴライズすれば答えは出るから。占いを信じれば、考えなくてすむ。でも、生きるってことは考えることですからね。もったいないなと思います。僕だったら、むしろ属性をなくしたいと思う。みんなが同じファッションブランドを追いかけていたら個性は出ないけれど、さすがディオールだねというデザインだったり、セリーヌの切れ味鋭いジャケットはやっぱりいい、という自分だけの琴線に触れるファッションもあるわけです。これからは、むしろカテゴライズされたくないという方にいく気がします。自分の中でこうありたい、こういう生き方をしたいと決めるのがかっこいい。流行りものに振り回されたくないだけのように見える人もいるけれど、僕からすればそれすらも肩肘はっている気がします。流行りものでも着たければ着ればいいし、誰も着ない服でも好きなら着ればいい。ブレない自分がいれば、無理をする必要もないはずです」



秋元康インタビュー

ブレない自分を作るためには、どうしたらいいでしょうか?


「昔書いたエッセイで、「やせ我慢の数ほどキレイになれる」というのがあります。もちろん人間だから「まぁいいか」と妥協しちゃうこともありますが、こういう生き方がかっこいいと自分で決めて、それに即していくと、だんだん「安易にここで流れると自分らしくないな」という経験がたまっていくわけです。10人中10人が「これがいい」というものに付き合っていたら自分がなくなる。それよりも、自分がおもしろいと思うものを突き詰める方がいい。少しずれますが、僕の場合は、コロナ禍のステイホーム中、夜中にウイスキーをひたすら買ってたんです。けれど、ウイスキーも十分買ったから、今度はいろんなジャムを買ってみたんですね。それって、流行りでもなんでもなくて。そしたら、マーマレードが一番好きだということに気づいて(笑)、究極のマーマレードを探すという趣味が始まりました。


人間は、ほんのささいなことで十分幸せになれます。それは、たまたま自分にピッタリあったリップグロスや香水かもしれない。でも、それを見つけただけで幸せな気持ちになる。そういう意味で、美容とは表面的、外面的なものかもしれないけれど、そこにその人の感性や経験が浸透圧のようにしみ込んでいくんだよね。自信がある人がステキに見えるのは、そうしたブレない感性を持っているからだと思います」

年齢を重ねることによる美しさについて

美しさは若さの特権という風潮もまだまだある気がします。


「やっぱり、みんな歳をとることに抵抗があるのでしょうか。まぁ、僕も40歳を越したあたりでようやく気づきましたが、たとえばエルメスの革製品を買ったときに新品よりも20年、30年使い込んでいる方が絶対カッコいいわけですね。美容もそれと似ていて、若い時は潤いのある肌やハリのある肌が一番の武器なわけですよね。それが年齢を経て、変わっていくし、まわりの見方も変わる。メイクの後ろに、その人の生き方や経験が裏打ちされるようになり、実はそれが一番の化粧品になる。


20年前くらいに、僕より年齢が上の女性と街でバッタリ会ってお茶を飲んでたら、その人の手がおばあさんの手になっていて、でもそれがとても美しいと思ったことがありました。どうして美しいのだろうと思ったのですが、その女性が40年近く前、田中康夫さんのベストセラーの影響で『なんとなく、クリスタル』全盛のブランド品人気が爆発している時に、ルイ・ヴィトンの小さなバッグを持っていたんです。この人もブランド信仰者なのかなと少しがっかりした気持ちで僕が「ルイ・ヴィトン持つんだ?」って言ったら、彼女が「何年か前にパリに行った時にバッグが壊れちゃって、たまたま軽くて丈夫なのがこれだったの」って言ったんです。それがすごくカッコよかった。こういう生き方をしてきた女性だから、おばあさんの手になっても美しいのだと腑に落ちました。今はみんなブランドを先に決めちゃいますよね。ブランドは確かに手掛かりではあるけれど、それよりも、ここが好きだからこれを選ぶという「軸」が必要なのではないでしょうか」

秋元康インタビュー

「私は、私」を追求する美容が主流に

加工アプリの自分の顔に見慣れてしまい、現実の自分を受け入れられないという悩みも多いようです。


「僕の学生時代も、履くと背が高く見える靴を履いている人がいたけれど、僕はこのくらいの身長です、っていうリアルな自分を好きになってくれる人のほうが楽じゃないですか。スマホのカメラで撮った写真をAIで加工して、仮にきれいと言われたとしても、実物はそうでないとがっかりされるくらいなら、初めから「これが私。だけど、メイクするとこんな私」っていうのを楽しむ方がいいんじゃないかな。インスタのリールでも、すっぴんの女の子がどんどんメイクで変わっていくのがあるけれど、あれはちゃんと自分をわかっていて、「もとはこうです」っていう幅を見せているのがチャーミングだし、そういう自分を好きになってもらった方が楽だと思う。でも、みんな完成品しか見せたくないんですね」



秋元康インタビュー

アイドルの原石は、誰の中にもある

インタビュー中、何度も出てきた「軸」「ブレない」という言葉。秋元氏は、それは生きるための手立てだと言う。


「マキアの今後のテーマは、美しくなる=ブレない自分である=ブレない自分であるために必要なのは哲学、ということじゃないでしょうか。こういう生き方をしたいからこのメイクをする、というような。それと、健康じゃないでしょうか。細いから美しいという時代ではないのだから、無理なダイエットはしない。自分がブレなければ、なりたい自分になるために美容整形をしたっていい。自由です。でも、与えられた命をどう生きるか。「私は、私」を追求する、「私が私でいられるための美容」が主流になっていくでしょう。


アイドルもみんな「自分なりの“軸”があるからこそ輝く」という点では一緒です。昔はにこっと笑ってトイレにもいかないのがアイドルだったけど、今はプライベートもさらけ出すし、アイドルという“生き方”が認められたわけですよね。僕がプロデュースするアイドルは個性も容姿もわりとバラバラです。こういう人がアイドルだ、というのはなくて、それぞれの人にアイドルのなり方がある。だからアイドルの原石は誰の中にもありますよ。(マキアモデルの)小嶋陽菜や与田(祐希)も、指原(莉乃)もみんなバラバラじゃないですか。小嶋陽菜で言えば脱力系でありながら言動が核心を突いているとか、人生を楽しんでいるとか。与田は、いろんなものを吸収している時なんじゃないですか。あのくらいの年齢だと壁を作ったり、バリアを作ったりしそうだけど、あの子にはそれがないような気が僕はしますね。そのなかで自分の好きなもの、嫌いなものがハッキリ分かれてくるんじゃないですか。もっと好き嫌いが激しくていいと思う。みなさんも、自分だけのアイドルの原石を磨くように、自分にとっての美しさを追求されるといいように思います」

イラスト/宮島亜希  取材・文/伊藤かおり(MAQUIA)

作詞家

秋元康

高校時代から放送作家として注目を集め、『ザ・ベストテン』など人気番組の構成を手掛ける。美空ひばり『川の流れのように』や中島美嘉『WILL』など数々のヒット曲を作詞、映画やドラマの企画・脚本・監督、AKB48、乃木坂46をはじめとする多くのアイドルグループの総合プロデュースや小説執筆など、多岐にわたり活躍中。

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