美容は身だしなみであり、ある人にとっては趣味であり、エンターテインメントでもある昨今。でも最低限の身だしなみすら困難だった時代が、そう遠くない過去に何度も存在しました。

キレイになるのは誰のため?
歴史からわかる美容の儚さと力。美を止められた時代のこと
1940年代:第二次世界大戦
明治維新を機に日本は急速に近代化し、化粧文化も欧米諸国の影響を大きく受けつつ発展していきます。それが大きく転換したのが、昭和前期の日中戦争に続く第二次世界大戦。“贅沢は敵”という風潮、国の厳しい統制の中、それでも消えなかった美への思いとは。
“パーマネントはやめませう”
1937年(昭和12年)に起きた日中戦争をきっかけに、国の収支維持の目的で輸入品の配給制限が起こったり、国際社会からの経済制裁もあり、それまで一般にも流通していた外国製の化粧品が手に入らなくなります。
そして1940年に「奢侈品(しゃしひん)等製造販売制限規則」が施行され、“パーマネントはやめましょう”、“お袖を短くいたしましょう”などのスローガンが流布されました。
おしゃれや贅沢を禁止する質素倹約の風潮の中で、パーマをかけたり、布面積が多い長袖の着用は「非国民である」と批判されたのです。もちろん、華美な化粧も同様でした。
広告の統制“健康化粧”
戦争色が強まる中で、“贅沢は敵”に端を発する広告の浄化が推進され、国による広告表現の統制が行われます。統制とは、国が市場や情報、国民の行動などを制限すること。
化粧品の広告は、石けんや歯磨き、保湿クリームなど実用品のみに。しかし化粧品会社側も表現を工夫し、“健康化粧”と掲げて、化粧は健康維持や生活文化を支えるものであると発信した広告も。

(主婦之友社『主婦之友 三月號附録』「春の毛糸編と婦人子供服の作方」裏表紙広告 1940年 資料提供/クラブコスメチックス)
“健康化粧”をキーワードに掲げた、中山太陽堂(現クラブコスメチックス)の広告。乳液やクリーム、おしろいを、身だしなみとしてうたっている。

(東京小間物化粧品商報社『昭和16年 小間物化粧品年鑑』掲載広告 1941年 資料提供/紅ミュージアム)
同様に中山太陽堂の戦時下の広告。鎌倉時代末期の武将・楠木正成の像をビジュアルに据えて化粧品を宣伝。
代用品と統制品の時代
日中戦争は泥沼化・長期化。日本は欧米との対立を深め、1941年の太平洋戦争への拡大を経て、争いは第二次世界大戦の一部となります。時を同じくして物作りの原料や資材など、あらゆる物資が国の統制下に。
石けんや歯磨き、クリームなどの化粧品には“公定価格”が設定され、製造する品目や原料、価格にまで厳しい制限が。それでも化粧品会社は、代用品の容器を使うなどして製造を続けました。
老舗化粧品会社の伊勢半が東京・南青山に構える資料館「紅ミュージアム」では、化粧の歴史と文化を、企業の垣根を越えた数々の資料とともに公開している。写真は資料館の展示物。
大正〜昭和初期

戦前の化粧品はヨーロッパの影響を色濃く受け、デコラティブな容器のものが多かった。
戦中期

戦時中は、それが代用品の陶磁器やビール瓶を再利用した黒褐色のガラス瓶に置き換わった。

当時は陶磁器を製造する際に多くの石炭を消費していたため、使用量を削減させる目的で統制管理されることとなる。1941年以降は底面に生産者別表示記号(統制番号)や裏印商標を表示することが義務づけられた。
限られた原料でつながれた紅
おしろいと口紅は戦前、多くの女性の身だしなみとして欠かせないものでした。1936年には初の国産繰り出し式口紅が発売されますが、戦時下には容器が木製に置き換えられ、じきに口紅自体の製造も厳しく統制されます。
戦後、かろうじて原料が焼け残った化粧品会社で口紅作りが再開します。ただし容器の材料がなく、紅を油紙でキャンディのように包んで販売。苦しい戦後においても、美を求める人々の思いを感じとることができます。

(資料提供/紅ミュージアム)
油紙に包まれた口紅は、戦後「どんな状態でもいいから口紅を売って欲しい」というたくさんの声に応えたもの。

「紅ミュージアム」の展示物。戦後数年間は資材を潤沢に調達することができず、口紅も左側の紙製や押し出し式の容器が多数。使用されている金属もごく薄かった。
戦禍厳しい状況でも美への渇望は消えなかった
今、化粧品ブランドの数はかつてないほどに増え、多くの人の悩みは「何を選べばいいのかわからない」だといいます。世界中の化粧品が簡単に手に入る。かつて言われた“飽食の時代”ならぬ“飽美の時代”と言ってもいいかもしれません。
海の向こうでは各国で争いが勃発し、それは全く他人ごとではなく日本も政治的に緊張が高まっているものの、それでも日本は現在、法に則って戦争はしません。私たちが日々当たり前のように肌の手入れをし、メイクやおしゃれをして出かけることができるのは、平和であるから。
約80年前の日本は、日中戦争から突入した第二次世界大戦の渦中にあり、人々は国の統制下で贅沢の許されない暮らしを余儀なくされました。
肌を清潔に保ち、おしろいをはたいて口紅を塗る──。そんなことすらも不自由な時代。当時について、創業100年以上の老舗化粧品会社であるクラブコスメチックスと伊勢半に取材を申し込み、伺ったお話をここにまとめています。
国の厳しい統制下においても、化粧品の製造自体は行われていたそうです。販売品としてだけでなく、軍需工場で働く女工たちの士気を高める特別配給品として、化粧品の需要があったから。
防空壕から口紅が見つかったという話も語り継がれており、美容への渇望は生きる力であったことが想像できます。
2011年:東日本大震災

日本は自然災害の多い国であり、いつ自分が被災者になってもおかしくありません。記憶に新しい2011年の東日本大震災では、東北地方が大きな被害に遭い、避難所などで生活した人は41万人以上、全国合計で約47万人にものぼるとされています。
普段通りの生活ができない避難所や仮設住宅に、化粧品や衛生用品を送り届けたのが各化粧品会社。美容部員によるビューティボランティア活動も行われ、生きる希望を届けました。

(声よとどけキャンペーン「だいじょうぶ。肌と髪は、待っていてくれます。」2011年企業広告 資料提供/資生堂)
震災後、水のいらないシャンプーや洗顔・ボディシート、化粧品セットなどの支援物資を迅速かつ継続的に提供した資生堂。被災地向けの新聞広告も行い、避難所生活に役立つ美容情報を地元紙へ発信。コミュニティーFM局や臨時災害FM局へのコンテンツ提供も行った。
リラクシングナイトミスト 椿の夢

100㎖ ¥1540/資生堂(現在は販売終了)
資生堂の復興支援活動の一環として生まれた、岩手県大船渡市産「三面椿」の香気成分を使用した機能性フレグランス。
2020年〜:新型コロナウイルス

最も近い“美を止められた時代”は、コロナ禍です。外出自粛やマスクの着用義務により、人々の美しさへのモチベーションは大きく奪われました。
しかし、長く引きずられることはなく、コロナ禍中期以降はマスクを外すその日のために美肌磨きを頑張る人が増えたり、マスクの中を快適に保つメイクキープミストやくずれにくいベースメイクコスメが登場してヒット。
新たな生活様式に寄り添って生まれた製品が、今も私たちの生活を便利で豊かにしてくれています。そう、美容はいつだって強く、生きる力の源なのです。

コロナ禍にコーセーは、最前線で働く医療従事者へ化粧品を寄贈する「You are my HERO」プロジェクトを実施。累計100万点以上を寄贈した。
「You are my HERO」プロジェクトで寄贈された製品の一部
ONE BY KOSÉ セラム ヴェール

[医薬部外品] 60㎖ ¥5500/コーセー(価格は編集部調べ・現在は販売終了)
ヴィセ リシェ リップ&チーククリーム N RD-1

¥1100/コーセー(価格は編集部調べ・現在は販売終了)
エスプリーク シンクロフィット パクト UV 限定キット 3

¥3080(ケース込み)/コーセー(価格は編集部調べ・現在は販売終了)
そして今、起きていること。
今年、中東情勢の悪化に伴って、石油製品の基礎原料であるナフサの不足や価格高騰という“ナフサショック”が勃発。化粧品の製造にも大きな影響を及ぼしています。
どんな状況にあっても美容は“心の必需品”
ニュースではよく見るけれど、なんとなく遠いところのようにイメージしていた、イラン、イラク、イスラエルなどの中東地域。でも、日本はエネルギー源である原油の輸入量の約9割を中東に依存しており、無関係でいられるはずがありません。
米国とイランの緊張状態は、私たちの生活へダイレクトに影響する事態へと発展。ガソリンの価格高騰や食品パッケージの印刷が話題になりましたが、実は化粧品も大きな影響を受けています。
容器には、ナフサを基礎原料とするプラスチックが多く使われています。シリコーンやポリマーなど、中身の一部も石油由来です。今起きている最も大きな問題は、原材料の価格高騰と、材料不足。中身を作れても、容器がなければ製品として出荷できません。
社会でさほど話題にならないのは、現状、各社の工夫や企業努力によって水面下で収まっているから。いくつかの企業に取材をしたところ、具体的な現状を知ることができました。この3ブランドに限らず多くの化粧品メーカーが抱える課題です。
“生活必需品”という言葉があります。食べ物、水、肌着や最低限の衣類、トイレットペーパー。シャンプーや洗浄料……。心地よさを求めるスキンケアや外観を整えるメイクアップは、生活必需品とは言えません。
でも、これらはQOLを高め、自分を認め愛するための魔法。美容は“心の必需品”として、昭和の戦時中も人々の化粧品への願いは絶やされることがなく、さらに被災地に希望をもたらし、顔が隠れるマスク生活では違った形で花開いてきました。
今、スキンケアやメイクが当たり前ではない人々に思いを馳せ、自分ができることを考えてみませんか。
ByUR(バイユア)
中身はあるのにチューブ容器がない
大人気日韓共同開発コスメのバイユア。秋の大型新製品であるカラー下地「セラムフィット トーンアップ UV」はチューブタイプですが、この容器に原料不足による調達遅延が発生。
鋭意製造中ではあるものの、今後の販売個数によっては一時販売ストップになるリスクと隣り合わせだそう。
バイユア セラムフィット トーンアップ UV

(左から)02、03 SPF50+・PA++++ 30㎖ 各¥2420/Hamee
初出しサンプルが期限ギリギリの到着となったというこの2色。他にピンク、ホワイトが揃う。
SHIRORU
看板製品の洗顔料が作れなくなる!?
洗顔から始まる“雪のような透明感”。SHIRORUの看板製品「クリスタルホイップ」は、缶に入った炭酸泡洗顔料です。実は今、この缶製品の製造が、ナフサショックにより業界で危機に直面。
SHIRORUも発売できなくなるリスクを抱えましたが、さまざまな工夫を重ね、現在では問題をクリアしているそう。
SHIRORU クリスタルホイップ

(左から)クリスタルホイップ 120g ¥3960、クリスタルホイップ ブラック 120g ¥3960、クリスタルホイップ マイルド 120g ¥3960/SHIRORU
もちもちの高密度炭酸泡で汚れを吸着。肌悩みに合わせて3タイプが揃う。
N organic
新製品の容器の塗装が間に合わない
N organicからこの秋、大人の肌をマイルドピーリングする酵素泡洗顔料「Vie 酵素ホイップフォーム」が誕生。
透けるグラデーションになった美しいボトルが特徴ですが、実はこのボトルの塗装が原料不足によって大幅遅延。初回出荷分はギリギリのタイミングで間に合ったそうです。
N organic Vie 酵素ホイップフォーム

150㎖ ¥3520/シロク
人気の定番品がリニューアル。パワーアップした濃密パワー酵素処方で、不要な古い角質を穏やかにオフし、柔らかなハリ肌へ。
MAQUIA 2026年11月号
撮影/藤澤由加(取材) 資料提供/紅ミュージアム クラブコスメチックス 資生堂 コーセー アフロ 取材・文/大塚真里 構成/髙橋里佳(MAQUIA)







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